少し時は流れて、志村けんさんについて
- Sa

- 2020年5月25日
- 読了時間: 3分
更新日:2020年5月25日
志村けんさんがお亡くなりになって、新型コロナが恐ろしいものなのだと思った日本人はたくさんいると思う。
私も志村さんが感染しているというニュースが流れた時は、すぐに復活するものだと思っていましたしね。志村けんさんレベルなら、有名人の特権ってあるだろうなあとも思いますし。
だから、お亡くなりになったというニュースを見た時は、激震でした。
そして、今でも志村さん関連のニュースを見ることがありますが、改めて、その存在が多くの日本人の、というか自分の中で、存在していて当たり前という・普段は気にせずとも心に住んでいた人……と日に日に強く感じています。。
当時の映像や画像が目に入ると、悲しいけど、悲しくなんかないという感じの存在なのです。昭和の人間にとってのドリフだよ。
人権派で女性差別を訴える少し左系の人の中には、その死に対して、ざまーみろ的なことを言っている人がいましたが、それはいかがなものかと思いました。まずは習近平に言いなさい!
もう一つ言うと、小池都知事が志村けんさんの死について「最後の功績」と言ったことについて炎上していましたが、警鐘を鳴らしたのは事実だと思います。(私は都民じゃないので小池さん推しとかじゃないですよ)
細かい言い間違いだとかに、あーだこーだ言い過ぎ! 公人が発言に注意しないといけないのはわかりますが、そこまで言うか?
あの場面で失礼な気持ちを言いたい人がいるはずがないでしょうに。ちょっと考えればわっかるでしょ!
・・・・・・わたし個人の志村さんに関する記憶は、まず、ビートルズが大好きな人だったということ。
ご本人も66年の武道館に行ったそうだし、加入前のドリフは前座で出演しています。
正式メンバーになってから流行ったヒゲダンスのテーマは、当時学校の友人からあの曲は志村けんが作ったらしいと聞いて、しばらくはそう信じていましたし。
後になって、元ネタがあることは知りましたが、ベースギターを買って、弾きたくなる曲の一つだったことを憶えています。
音楽にこだわりがあるからこその選曲だと言えるでしょう。
※カバーとして出ていたのか、インスパイアーされた曲として出ていたのかは、多分ググればわかると思いますので・・・・・・
もう一つ記憶にあるのは、何の雑誌だったか憶えていませんが(今あるかどうかわかりませんが「中一時代」とかそんな感じの本の可能性が高いです)、その中の記事で志村けんさんが語る「私はタマシーを見た!」的なものがありました。
これは、ネスコのネッシー、屈斜路湖のクッシーならぬ多摩湖で見たのでタマシー、という内容のものでした。なぜか、このことが記憶にずっとあります。
「志村けんよ永遠なれ!」
そして一言、有名人でもう一人。
岡江久美子さん。本当に残念です。
岡江久美子さんと言えば「連想ゲーム」なのですが、YouTubeで見ると、当時は子供なのでわからなかったですが、本当にお綺麗な方だったのですねえ。
他の女優さんやタレントさんも上品で若くて美しい人ばかり(そう見えました)だったのですねえ。
確かに、私の記憶にはお二人とも刻まれています。
R.I.P.



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